小泉首相がナントカなんてのは、どうでもいいわけですが、1945年8月14日に日本政府はポツダム宣言を受諾して、翌日15日の正午、昭和天皇の「堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ 忍ヒ・・・」という玉音放送で、無益な戦争に終止符が打たれたという記念日なのです。

きのこ雲父親の実家が「広島」にある。
小さい頃、夏休みには親に連れられて何度か遊びに行った。
そこは広島県の広島市で、JR広島駅前という結構な都会で、「田舎」という言葉からイメージする情景とは程遠いものの、子供ながらにその「田舎」への旅行を楽しんだ。

原爆ドーム・原爆資料館にも何度か足を運んでいる。
ケロイドや原爆症の人達の写真、焼けどで全身の皮膚が剥離している蝋人形などが怖くて怖くて、まだ小さかった私は泣きながら手を引かれて歩いた。
少し大きくなってからは、被爆した人たちの手記や、焼け残った遺物、投下された原爆の被害などを真剣に見て回った。

私は双子で、中学生くらいの時だったか、兄弟2人で原爆資料館を見回ったことがある。
原爆資料館から出るため、2人で出口に向かう階段を下りていると、外国人のおばさんに呼び止められた。
白人で、少し太めで、おばさんパーマで・・・という如何にも「おばさん」なルックス。
そのおばさんはハンカチで目頭を抑えながら、私たち双子の兄弟の写真を撮りたい、と言っているようだ。
外国人と接するのも初めてで、あかの他人に写真を撮られる、なんてハプニングにただ呆然としていたが、そのおばさんの涙は今でも覚えている。

あれから随分と経ったが、おばさん、元気ですか?